Hi-Stat Vox No.3 (2009年2月25日)

危機時の財政政策に関するIMFの見解

Richard Baldwin(Graduate Institute, Geneva and CEPR)

世界的な経済危機をいかに阻止するか、誰も正確には分からないが、財政出動が重要な役割を果たすことは誰もが同意している。景気後退の局面を短縮し危機を緩和することで、倒産や差し押さえ、また資産価格の下落といった問題を軽減できる。このコラムでは、世界でも指折りのマクロ経済学者であるオリヴィエ・ブランシャール氏が3人のエコノミストと最近執筆したIMFの論文の主な論点を紹介する。

エコノミストの間では、世界経済の再建には金融部門を立て直し、経済成長を再開させるという少なくとも二つの手順が必要、というのがほぼ共通した意見である。金融部門の政策に関しては、各国政府がすでに対応に当たっている。さらなる対策を講じなければならないのは確実だが、すでに各国政府は、金融部門ができてからこれまでに起きた金融危機の解決に有効だったあらゆる政策を総動員している。

だが、マクロ経済面の景気刺激策では各国の足並みが乱れている。米国、英国、そして日本は、財政出動に取り組んでいるが、ドイツなどその他の国は事態の緊急性を理解していない ― あるいは、もう少し皮肉な見方をすれば ― 他国の財政政策にただ乗りしようと考えている。実際、財政政策の効果を疑問視するエコノミストもいる。

危機時の財政政策に関する IMF の論文

財政政策に明確さが欠けていることを考えると、2008年12月29日に発表されたIMFの論文、「Fiscal Policy for the Crisis (危機対応に求められる財政政策)」、から有益な教訓が得られる。世界でも指折りのマクロ経済学者の一人、オリヴィエ・ブランシャール氏(偶然にもIMFのチーフ・エコノミストでもある)が3人の共著者と書いた報告書では、現在の危機と最も関係の深い5つの危機、すなわち、世界大恐慌、1980年代の米国の貯蓄貸付組合の危機、1990年代の北欧の金融危機、1990年代の日本の銀行の危機、そして、1997年のアジア通貨危機から得た教訓を抜粋し紹介している。

総需要はなぜ縮小したのか

論文は、今回の景気後退が世界大恐慌以来で最も深刻なものである可能性を示す兆候を、まず冒頭で指摘している。総需要縮小の要因を、以下に挙げた。

  • 実物資産と金融資産の減少、
  • 消費者の予備的貯蓄の増加、
  • 消費者と企業双方の消極的な姿勢、
  • 信用確保の困難化

機能不全のマクロ政策

今回の危機に固有の特徴は、危機に対処する標準的な2 つのマクロ経済学の手法が無力であることを意味する。

  • 世界的な景気後退が起きていることは、主要国にとって輸出奨励策 ― 通貨切り下げなど ― が機能しないこと( そして近隣窮乏化政策が各国で反響し始めれば、事態をさらに悪化させるリスクを冒すこと )を意味している。  
  • 危機的な金融問題で政策金利と銀行貸出しとの関係が弱まっている。そのため、伝統的な金融政策の波及効果を大幅に弱めている。

いずれにしろ、主要国には政策金利を引き下げる余地がほとんどなく、したがって、金融部門の危機をさらに悪化させる景気後退の深刻化を回避するためには、財政政策が最善で最後の選択肢である。

危機時の最適な財政政策

過去の危機から得た教訓に基づき、 IMF は財政出動が次のようであるべきだと主張している。

  • タイムリー(行動を起こす緊急性があるため)
  • 大規模(需要の落ち込みが大きいため)
  • 中長期(景気後退はしばらく続くと予想されるため)
  • 多様(どの対策が最も効果的か不明確なため)
  • 臨機応変(必要に応じて追加的措置が取られることを示すため)
  • 政策協調(世界的な景気悪化が深刻で、余力のある国すべてが財政政策を実施すべきため)
  • 持続可能(長期的な債務の急増と短期的な悪影響を避けるため)

各国政府が直面している課題は、これらの特徴 ― 特に大規模で長期的な対策と財政の持続可能性との間 ― の適正なバランスを判断することだ。

過去の危機からの教訓

IMFの論文は、有名な5つの危機、すなわち、1930年代の世界大恐慌、1980年代の米国、1990年代始めの北欧諸国、1990年代の日本、1997年の韓国についても概観している。

各国はこれらの危機に対して非常に異なった対応を取ったため、危機時に実施されたどのような財政政策が最善なのか、一定の証拠を提供している。重要な教訓は以下に挙げられる。

  • 金融危機の解決には、持続的な成長を達成することが前提条件である。その反例が日本である。日本は、金融部門の問題を放置したために、財政政策が失敗した。対照的に韓国では、当局が取った金融部門への迅速かつ大規模な支援によって、マクロ経済に影響が及ぶ期間が限られ、他の財政措置の必要性も限定された。
  • 金融危機の解決はマクロ経済危機の解決より常に先決である。
  • 金融危機が企業部門や家計部門に波及し、結果としてバランスシートが悪化した時には、財政出動が非常に有効で、また不可欠である。
  • 危機に固有の特徴を考慮して対策を講ずれば、財政面の対応は総需要に大きな効果を及ぼすことができる。

この点、北欧の危機において当初実施された課税・再配分政策のいくつかは、生産活動を刺激する効果をほとんど持たなかった。

財政出動の具体策をいかに構築するか

世界中の政府が財政出動をどのように実施すればいいか頭を悩ませている。IMFの分析では、危機に対する財政出動の内容を考えるために重要な2 つの特徴が指摘されている。

第1の特徴は、今回の危機が長期化することである。そのため、遅効性のある財政支出が構想の一部になり得る(通常の景気後退では、景気を刺激するための財政支出が、景気回復の局面で効果を発揮し、そのため解決策の一部というより問題の一部になりがちである)。さらに、支出措置は、使わない可能性のある消費者や企業に給付金を分配するのではなく、需要を直接喚起する利点がある。

第2の特徴は、マクロ経済が歴史的に異常な状況にあり、さまざまな財政政策の相対的効果を計るために必要な財政乗数の既存の推定値が、信頼できる指針とは言えないことである。IMFが財政政策の多様化を主張する理由もここにある。

直接的な政府支出

各国政府はそれぞれ異なった問題、制約、および状況に対処しなければならないが、IMFは一般的な教訓を提供している。

  • 各国政府は、予算不足を理由に既存のプログラムを廃止するべきではない。この助言は、特に米国の州政府に向けられている。なぜなら州政府の多くが、現行プログラムへの歳出削減を余儀なくされる憲法上の財政均衡規定の制約を受けているためである(例については、クルーグマンのコラム [英文]参照)
  • 支出プログラムの構想は迅速に開始、もしくは再始動できる。国は、例えば、民間資本の不足で中断されるプロジェクトでは、官民パートナーシップでその貢献度を高め、プロジェクトを継続させることができる。公的部門の賃金引上げは、対象が不明確で、一旦実施すれば元に戻すのが難しく、その効果が給付金と類似しているため、避けるべきである。ただ、一部の新たなプログラムや政策に伴う公的部門での雇用の一時的な拡大は必要かもしれない。
  • 一般の人々の認識が重要。
    今回の景気後退の主因は、将来に対する期待感が急激に薄れたことや、景気予測の不確実性に対する認識が急激に強くなったことにある。注目度の高いプログラムのいくつか ― 特に長期的に妥当で外部性の高いプログラム ― は、状況が将来的に好転するという消費者や企業の期待回復に役立つかもしれない。そのような期待感それ自体が、消極的な姿勢を改善し、需要を高めることができる。

消費者向けの景気刺激策

消費者の支出を刺激するのに問題なのは、危機に特有の3 つの要因である。(1) 富の減少が消費減退の主因であること。(2) 一部の国では信用の制約が否応なく消費を減少させていること。(3) 不確実性が消極的な姿勢を助長し、支出計画を遅らせていること。

これらの要因は、2 つの提言を示唆している。減税は、信用の制約を受けている可能性の最も高い消費者を対象にすべきである。そして、必要なすべての政策の実施を約束し、消費者の信頼回復を目指すべきである。つまり、消費者の 消極的な態度を改善することが目標である。

企業向けの財政出動

今回の危機で起きた深刻な不確実性は、企業の投資面でも消極的な姿勢を助長させている。そのため、補助金の効果はあまり期待できない。 IMFは、政治経済的な欠点を認める一方で、特に難しい経営問題に直面している企業や、機能不全の信用市場で必要な資金調達が難しいが経営再建の可能性を持った企業を、政府が支援すべき、だと主張している。米国の自動車業界を救済するような業界全体を対象にした政策は、望ましくない。

財政の持続可能性の懸念

IMFが赤字支出を求めるのは異例である。しかし、債務の持続可能性に問題が生じれば、特に弱い財政基盤の国では、金融市場や市場金利、そして消費支出への悪影響で財政出動の効果が弱まる、という主張が論文であえて展開されている。財政的に持続不可能だと、最終的に実質金利の急激な調整につながり、それが結果として金融市場を不安定化させ、回復の見通しを弱めかねない。

IMFは、いくつか有益な提言をしている。

  • 対策には、経済情勢による変更の可能性や明確な時限条項を設けるべきである。
  • 自動安定化装置である財政の見通しを高める対策を講ずるべきである。
  • 財政を将来的に強化する政策をあらかじめ約束するべきである。
  • 特定の期限に( 英国が最近実施した2 年間限定の付加価値税の減税など )、あるいは状況に応じて( GDP成長率が一定水準以上に上昇すれば付加価値税の減税を解消するなど )、景気刺激策を変更することをあらかじめ約束しておくべきである。
  • 財政ガバナンスを、例えば、独立した財政審議会を設置するなどして、強化すべきである。

政策協調: G20 の役割

今回の危機は地球規模であるため、大規模な財政出動もグローバルレベルであることが求められる。だが、すべての国が財政赤字の拡大を許容できるわけではない。多くの低所得国や新興国は激しく流動する資本移動、多額の公的債務や対外債務、そして大きなリスク・プレミアム ― 一部の先進国も悩ませている問題 ― に制約されている。

IMFは、財政政策で需要を喚起することができない国を考慮して、財政余力のある国が財政政策を実施することが不可欠だ、と主張している。この中には、中国のような主要新興国もいくつか含まれる。財政出動には、古典的なただ乗りの問題があるため、まさにG20 諸国による国際協調は大きな成果をもたらす分野である。

本コラムの原文(英文)