Hi-Stat Vox No.7 (2009年4月22日)

国際貿易の崩壊と垂直型海外直接投資

田中清泰一橋大学経済研究所COE研究員)

Photo : Sandra Poncet

米国発のサブプライム問題を契機として、サブプライム向け不動産ローンで構成された証券の急激な価格下落によって、世界中の金融機関の資本は大幅に減少し、深刻な信用の縮小に発展した。米国で始まった信用不足は世界的な金融危機を引き起こし、急落する証券や債券の価格、増大する銀行の倒産、そして国際貿易の突然な崩壊によって象徴されるように世界は同時不況に突入していった。

国際貿易の崩壊

世界貿易機関が2009年度に世界の商品貿易額は9パーセント減少すると予想しているように、深刻な経済不況による需要の急激な縮小によって、数多くの国で国際貿易は急速に落下している。金融や貿易、そして海外直接投資を通して各国経済の相互依存度をますます深化しつつあるため、こうした国際貿易の崩壊は自然な帰結と言えるが、貿易減少の規模は必ずしも各国間で均一ではない。むしろ、貿易の縮小は産業国家間で非対称である。米国の国勢調査局による商品の海外貿易に関する最近の統計によると、世界的な経済危機の震源地である米国では、2009年2月の輸出額は前年度に比較して24パーセント減少している。一方で、輸入額は34パーセント下落している。¹ 米国と比較して経済危機の影響は日本では少なくとも金融面ではやや軽微であったが、日本の財務省による財貿易の最新のデータを見ると、2009年2月の輸出額は前年度比で49.4パーセントも減少している。また、輸入額は43.0パーセントも下落していた。² わずか1年余りの間に、日本の国際的な商品貿易は突然ほぼ半減してしまった。

金融崩壊の震源地であったにも関わらず、貿易縮小の規模は日本より米国の方が比較的小規模であった。日本と米国で貿易が減少した直接の要因は、最終需要の広範囲な減少と貿易信用の不足なのは明らかであるが、こうした要因は貿易崩壊の速度が米国より日本で速かったことを十分に説明していない。どのように日本と米国の貿易崩壊の速度の違いを説明すればよいのだろうか?

垂直的分業

議論の出発点は、各国の製造業企業は生産工程の特定な段階に特化し、追加的な加工のために中間財を輸出する活動が増大している点である。輸入された中間財を用いて製造された最終財はさらに海外市場に輸出される。各国が垂直的な分業の特定段階に特化するにつれ、国境を数回は通過する中間財と最終財の国際貿易はグローバルな生産工程の発展によって増加する。HummelsとIshii、そしてYi(2001)では、こうした垂直分業の進展は、1970年から1990年の間にOECDの10ヶ国と新興国の4ヶ国における輸出増加の30パーセントを説明できると推定している。貿易統計は輸出入の純額ではなく総額で測定されているため、垂直的な分業は国際貿易の額を増幅させている。従って、需要が増加(減少)した時に貿易量は加速度的に増大(縮小)する。この視点から見ると、貿易の崩壊は垂直的な貿易の連鎖が綻びたことで発生したと言える。しかし、需要の失速に反応して貿易の崩壊が日本と米国で不均一であったことは説明できていない。

垂直的な海外直接投資

拙著のグローバルCOE Hi-Statディスカッションペーパー No. 46(Tanaka 2009)は、垂直的な海外直接投資に対する一つの厳密な実証的証拠を提示しており、米国より日本で貿易崩壊がより深刻であった理由を理解するのに役立つ。これまでの議論を踏まえると、各国の垂直的な分業の発展は、海外の低廉な非熟練労働者を活用するために多国籍企業が行う垂直的な海外直接投資によって部分的に促進されている。多国籍企業は海外に生産工場を設立して、非熟練労働者が豊富な国で非熟練労働者を集約的に用いる生産工程を実施する。そして、母国市場に最終財を逆輸入することを目的として、親企業は最終組み立てのために中間財を海外現地法人に輸出する。

著者は、日本と米国の製造業の多国籍企業が所有する海外現地法人の売上データを1990年代の期間で分析し、投資受入れ国の熟練労働者の賦存量は現地法人の売上に対して日本企業の場合は大きな負の効果を持ち、米国企業ではほとんど関連がないことを発見した。分析結果は多種多様な感応度分析や内生性による偏りに対して極めて頑健で、垂直的な海外直接投資の重要性を日本企業では強く示唆する一方、米国企業ではほとんど見られなかった。この結論は、垂直的な直接投資が米国の多国籍企業では重要ではないとする意味ではなく、逆に、米国企業の垂直的な直接投資の活動はカナダやメキシコのような特定の国々に集中している可能性を示唆している。対照的に、この論文の実証的な証拠から解釈すると、日本の多国籍企業が牽引してきた垂直的な分業は海外で深化・拡大しており、その結果として、世界的な需要の縮小に直面した日本で、不釣り合いなほど大規模な貿易崩壊に至ったと考えられる。

最後に

欧米諸国や日本を始めとする各国政府は、財政政策を動員して大規模な景気刺激策を矢継ぎ早に打ち出している。世界の需要が回復して景気が好転し始めれば、国際的に拡大してきた日本企業の国際生産ネットワークによって、日本の財貿易の輸出と輸入は加速度的に回復すると言える。しかし、自国産業の救済を目的とした保護主義が水面下で進行し、多国籍企業によって構築された垂直的な国際分業に脅威となっている。国際貿易の崩壊を国際分業の崩壊としないために、各国政府が政策協調を図ることが重要である。

脚注

1, U.S. Census, Bureau, Foreign Trade Statistics: U.S. International Trade in Goods and Services (Current Release, February 2009)

2, 財務省平成21年2月分貿易統計(輸出確報;輸入速報(9桁))

参考文献

Hummels, David, Jun Ishii, and Kei-Mu Yi (2001), “The nature and growth of vertical specialization in world Trade”, Journal of International Economics 54, 75-96.

Tanaka, Kiyoyasu (2009), ”Vertical Foreign Direct Investment: Evidence from Japanese and U.S. Multinational Enterprises”, Global COE Hi-Stat Discussion Paper No.46.

本コラムの原文修正版(英文)