近代経済成長の基盤形成期としての
18世紀朝鮮の成就とその限界

李憲昶

July 2012

Abstract

18世紀朝鮮は市場の上層が発達せず、農村工業地帯が発見されず、啓蒙主義と科学革命に相応するものはなかった。そのため朝鮮は、門戸開放後の帝国主義時代に近代経済成長の段階へ離陸する(take off)ことができなかった。ところが、18世紀朝鮮は農耕技術の発展と市場の成長と制度の整備ならびに人的資本の蓄積において相当な成果を収めた点で、近代経済成長のための基盤をかなり築きあげていたといえる。それは20世紀のキャッチアップと経済発展を支えた内的要因であった。18世紀朝鮮では、所有権が安定的に保障されるほうではあったが、企業活動を安定的に支える制度は設けられていなかった。朝鮮の国際環境は、中国の先進技術を吸収するうえでは有利ではあったが、貿易発展と欧米文明を吸収するうえでは不利であった。儒教は、科学と技術の発展には不利であったが、人的資本の蓄積には有利であった。18世紀朝鮮の限界は、近代経済成長の段階へ離陸する展望を持たなかったことを意味するが、門戸解放以後の近代化の衝撃に素早く対応できる力量を蓄積したことは、その成就である。

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