社会科学における実証研究の意義は、自然科学における実験に比することができます。この意味の実証研究にとって重要なのが長期間をカバーする統計の整備と 個票データの利用可能性です。本事業では、世界の研究者コミュニティーに開かれたデータ・アーカイブを核とし、OJTによる人材育成と、アーカイブを活用 した実証研究やデータに直結した統計分析手法・経済理論の開発を行う、世界的な教育研究拠点を構築します。
本事業が継承する21世紀COEプログラム「社会科学の統計分析拠点構築」では既に、本学経済研究所附属社会科学統計情報研究センターにデータ・アーカイブの中核を担わせ、以下の通りアーカイブの充実を進めてきました。
経済研究所附属社会科学統計情報研究センターはまた、明治初年からの政府統計を中心に、人口統計から教育、警察、保健衛生統計にいたるまで、幅広く日本の統計資料を蓄積してきた点でも全国で例がありません。さらに本拠点は、COEプログラム「汎アジア圏長期経済統計データベースの作成」(平成7-11年) 以来続けてきたアジア長期経済統計の推計に伴い、日本でも一、二に充実したアジア諸国統計資料のアーカイブを持ちます。本事業はこの基盤を更に充実し、拠点を発展させます。なお、政府統計ミクロデータや本拠点がこれまで蓄積してきた日本とアジアの統計は、経済社会全般を対象とします。このため本事業では、経済学を中心分野とするものの、人口学・地域研究等の関連社会科学における高度実証研究もカバーします。
ミクロデータ等を使った実証分析の発展や分析結果の制度設計への活用などを背景に、今日では、高等教育研究機関や官公庁・企業・国際機関等で高度な調査・分析能力を持つ専門家への需要が高まっています。本事業は、このような人材を育成する拠点を構築します。また、社会人・外国人の博士課程編入学制度により、専門職業人のキャリア高度化支援という新たな社会的要請にも応えます。データ・アーカイブや豊富なアジア各国統計資料へのアクセス、データ利用のために滞在する多くの外国人研究者を交えた先端的な共同研究への大学院生の参加、実証研究を支える統計・経済理論家達の教育や助言、といった組み合わせは統計・実証分析専門家を養成する教育の場として理想的な環境といえます。本事業ではさらに、国際性の高い優れた人材を育成するため、以下の活動を進めます。
社会的に重要性が高いデータを収集・整理し、また優れた統計・実証分析専門家を育てるには、第一線の実証研究及びその理論的基礎に関する研究を活発に進めることが不可欠です。本事業が継承するもう一つの21世紀COEプログラム「現代経済システムの規範的評価と社会的選択」では、マクロ経済、金融、産業組織、国際経済、労働経済、公共経済、経済発展などの各分野で、日本の第一線で活躍する実証・理論経済学者達が共同研究を進めてきました。本事業にはこれらの研究者が多数参加することにより、収集・公開するデータベースや実証分析の対象分野を大幅に拡張し、実証の理論的基礎を充実させます。また、同プログラムでは、実証分析と規範的分析に基づき、競争政策や福祉政策などについて重要な制度設計や政策提言を行ってきました。本事業では、これら政策研究も継承します。
新しい統計分析手法の開発が、実証分析の革新をもたらしてきました。また、教育の上でも統計理論は重要です。本事業では、統計理論家達が結集し、データ・アーカイブと直結した分析手法の開発と教育を行います。研究面では、マクロ経済時系列データに関する新しい分析方法の開発、ミクロ経済データを対象とした、パネルモデルに関する新しい分析方法の開発、等を進めます。さらに、新たに国内外の資産価格の高頻度データを整備するとともに、こうしたデータの解析に必要な計量ファイナンスの手法について研究します。
優れたデータ・アーカイブと実証研究は、世界中の研究者を引き付けます。本拠点の充実したデータを利用する為、既にイェール大学、スタンフォード大学、ロンドン大学等の研究者や大学院生が本拠点に滞在し、研究を進めてきました。本事業では、国際的に開かれた教育研究拠点として、国内外から公募で他大学の大学院生や若手研究者を「COE研究生」として数ヶ月間受け入れ、経済的な支援や施設提供を行います。また公募でポスドクレベルの国内外研究者を「COE研究員」として雇用します。更に、現在公募で実施中の政府ミクロ統計利用支援や公募研究を拡充し、経済研究所をはじめとする一橋大学のファシリティーも活用することにより、海外や国内他機関の大学院生や研究者が多数、常時研究に参加する拠点とします。また既に連携しているフローニンゲン大学やロンドン大学と協力し、経済発展や生産性に関する全世界のデータをウェブ上で公開する国際ネットワークを構築します。