Hi-Stat Vox No.6 (2009年3月31日)

日本企業間のネットワーク: 海外現地法人の立地選択において

Sandra Poncet (University of Paris 11 and CEPII)

Photo : Sandra Poncet

今回のコラムでは、日本企業の海外進出における、立地選択と生産性の関係についての研究を紹介する。生産性の低い企業は、海外進出の決定において地理的な距離や制度の質を特に考慮していることが明らかとなった。また、低生産性の企業が、JETROなどの輸出支援機関や日本企業のコミュニティの有無に敏感に反応していることが示されており、企業間のネットワークが、距離や制度の問題を緩和している可能性を示唆している。

少子高齢化が加速している中で、日本企業は、現在および将来的な国内市場の成長性に対して悲観的である。近年の脆弱な国内需要に直面して、日本企業は、特に米国の市場を中心に輸出を増加させることで、売上と利益を高めてきた。日本の国内総生産に占める輸出の割合は、2002年の11%から2007年の18%に増加した。一方で、この期間、民間消費の割合はおよそ57%で停滞している。従って、2002年から回復の軌道に乗った日本経済にとって、輸出は大きな役割を果たしてきた、と言える。しかし、最近の米国の金融危機や、それに続く急激な円高で、日本経済にとって、国際競争力を維持し、成長のために米国市場向けの輸出のみに依存することは、ますます困難になってきている。例えば、トヨタ自動車は、主に海外市場の深刻な売上げ不振のため、2009年3月期に戦後初の連結営業赤字に陥る見込みと、2008年の12月に発表していた。

日本企業は、世界戦略を再考しつつあり、海外の販売市場の多様化を目指している。日本企業にとって、もっとも将来性が見込めるのはアジアの新興国である。しかし、輸出に関わる大きな固定費用を負担するのは、一般の企業にとって容易ではなく、海外に生産工場を移転する場合は、さらに大きな費用が必要となる(Head and Ries, 2003)。こうした費用の大部分は、ある程度は分散できるが、特に日本から遠い市場や投資リスクの高い市場の情報収集は、個別の企業が負担しなくてはならない。トヨタ自動車や東芝といったトップクラスの国際競争力を備えた大企業にとって、海外進出の支援は必要でないかもしれないが、一般的な日本企業にとって、海外展開にかかる費用やリスクを軽減するような仕組みは有益である。日本企業は、先進国や中国の市場には精通しているが、途上国市場は得意ではない。したがって、日本の政策立案者に求められるのは、日本企業の海外進出を阻む要因と促進する要因を明確にすることである。最善の支援制度を構築するために、日本企業の国際化を妨げる潜在的な障壁を調査するだけでなく、こうした障壁が企業や市場別に異なるかどうかを見極めることが重要である。さらに、日本企業による投資受け入れ国の立地選択の要因、および投資受け入れ国と進出企業の生産性や規模との関連を調査する必要がある。

主要な研究結果

我々の研究(Inui, Matsuura, and Poncet, 2008)では、日本からの地理的距離や制度の質、市場のアクセスといった投資受け入れ国の特徴や、また、企業間のネットワークが、日本の親企業の生産性や規模でどう異なるのかを分析した。結果は、日本企業の海外現地法人は同じ地域に集中する傾向があることが強く示された。

その要因を調べるために、3つの企業間の関連度指標を考慮した。最初の二つは投資受入れ国に関するもので、(1)同一産業における日系企業集積指標、(2)下流産業の日系企業集積指標、そして、(3)日本国内で近接する(日本で同一の都道府県に属する)企業の集積指標である。こうした日本の現地法人の集積は、企業間での中間投入物の購買やビジネス情報の共有化を通して、地域的な生産ネットワークを構成し、生産コストを削減しているかもしれない。また、JETRO(日本貿易振興機構)¹ の存在が立地選択に与える影響についても分析している。

この研究では、日本企業の海外進出状況に関する包括的なデータを用いており、1995年から2003年の期間で54の投資受入れ国をカバーするものである。結果を見ると、投資母国でも投資受入れ国でも共に、情報の共有化やネットワーク効果が経済的に重要だと分かった。また、伝統的な立地選択の要因である生産コストや取引費用、および市場や供給のアクセスも重要であった。立地選択の鍵となる要因は、投資企業やその現地法人の特徴によって効果が大きく異なっていた。生産性が低く小規模の親企業は、OECDや西ヨーロッパよりも中国に現地法人を設立する傾向があった。より遠方で競争の激しい市場に直接投資を行う決定は、企業の生産性と正の関係がある、と結果は示している。これは、企業に特有の性質で直接投資の決定を説明しようとする経済研究の最近の進展と整合的である。さらに、生産性の低い企業は、距離に関連したコストや不十分な制度により敏感に反応している一方で、投資受入れ国におけるJETROや他の日本企業の存在にもより敏感に反応している。普通の日本企業は明らかに支援を必要としているが、どんな支援でもいいわけではない。古くから付き合ってきた日本企業同士の支援こそ必要である。

政策的な含意

生産性の低い企業が地理的な距離や制度の質に敏感に反応するという結果は、生産性が低い場合に国際化の障壁が高いと解釈することができる。また、低生産性の企業がJETROや日本企業のコミュニティの有無により敏感に反応しているのは、企業間のネットワークが、こうした障害を緩和するのに役立っていることを示唆している。これらの結果は、日本企業同士の協力関係を支援し、生産性の低い中小企業に焦点を当てた情報の普及を図る政策の有効性を意味している。

脚注

1, JETRO(日本貿易振興機構)のウェブサイトでは、「JETROは、日本と海外の間で相互の貿易や投資を推進するための政府関係機関である。」、と表現されている。1958年に日本の輸出を促進する目的で発足し、21世紀のJETROの中心的な課題は、外国企業誘致支援や中所企業等の海外販路開拓支援に移ってきている。

参考文献

Greenaway, D. and R. Kneller, 2007, Firm heterogeneity, exporting and foreign direct investment, The Economic Journal 117(February), 134-161.

Head, K., Ries, J., 2003. Heterogeneity and the FDI versus export decision of Japanese manufacturers, Journal of the Japanese and International Economies 17 (4), 448-467.

Helpman, E., Melitz, M., Yeaple, S., 2004. Export versus FDI with heterogenous firms. American Economic Review 94 (1), 300-316.

Inui, T., Matsuura, T. and Poncet, S., 2008. The Location of Japanese MNC affiliates: agglomeration, spillovers and firm heterogeneity, CEPII Working Paper, No. 2008-24

本コラムの原文(英文)

翻訳:COE研究員 田中清泰、COE特別研究員 松浦寿幸