Hi-Stat Vox No.12(2009年12月29日)

世界経済の不均衡は解消されたのか?

Richard Baldwin(Graduate Institute, Geneva and CEPR)
Daria Taglioni(ECB and CTEI Graduate Institute, Geneva)

Photo: Ryo Kambayashi

世界経済の構造的な不均衡が急速に改善してきている。このコラムでは、こうした不均衡是正は錯覚で、歴史的に先例ない規模であった今回の世界貿易の崩壊により生み出された一時的な副産物であることを議論する。世界経済の回復によって再び米国やドイツ、中国、そしてその他の国は以前の不均衡な構造に必ず戻るであろう。

莫大な貿易収支の黒字と赤字を意味する世界経済の不均衡問題こそが世界同時不況の直接的な原因であり(Paulson, 2008)、また間接的な要因であり(Calvo, 2009)、G20の指導者たちはその不均衡を解決することに義務があり、評論家たちはこぞってそれが世界で最も難しい問題であると評している。

ただ良い兆候は、世界経済の不均衡は目覚ましい速度で改善している点である(図1を参照)。

図1.縮小する世界経済不均衡、2007-2008年
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出所. WTO Quarterly merchandise trade data

上記の図は世界不均衡の一連の出来事に登場する中国、ドイツ、米国、そして他の関連深い国々を取り上げている。貿易収支の“不均衡”が2008年度後半から急速に著しく調整されてきたことが分かる。国際通貨基金と世界銀行はともに2009年から2010年にかけて相当な不均衡の是正が進むと予想している(IMF, 2009; World Bank, 2009a)。例えば世界銀行は2010年度の中国の貿易収支黒字が2008年度額に比べて半分になるだろうと予測している。

こうした急速な不均衡の改善はほとんど改革が進んでいない今の状況では奇妙に思える。中国通貨の元は米国通貨のドルに対して増価しておらず、中国の消費もたいして増えていない。米国ドルはヨーロッパ通貨に対して若干減価して、米国の貯蓄率は多少上昇してきているが、どちらの要因もこれまで見てきた大規模な構造調整を説明できるほど重大ではない。世界銀行が予測する将来の不均衡是正に関しても関連が薄い。このコラムの論点は、世界不均衡の改善はほぼ錯覚に過ぎないもので、世界が経験した先例のない貿易の減少によって起こった一時的な現象だということである。まずは議論の前に基本的な事実から見ていこう。

貿易の崩壊

2008年度後半から世界の貿易額は歴史的に先例のない速度で落ち込んでいった(図2を参照;1930年代の大恐慌との比較はEichengreen and O’Rourke(2009)を参照)。図が明確に示しているように、世界貿易は第二次大戦後で3回大きな落ち込みを経験しているが、今回の崩壊は際立って大きい。

図2.貿易崩壊の歴史的展望、1965-2009年
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出所. OECD Monthly real trade data

既存の“4ヵ国”(EU、米国、日本、カナダ)に中国を加えたグループは世界貿易の60パーセントを占めている。輸出と輸入はどの国でも劇的に縮小しており、図3のその他の国も同様である(これらの11カ国は世界貿易の4分の3を占める)。各国別の貿易量は2008年第2四半期から2009年第2四半期の間に20パーセント以上も減少している。

図3.主要国の輸出入額の世界同時崩壊、2007年第1四半期から2009年第2四半期
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出所. WTO Quarterly merchandise trade data

貿易崩壊の原因

景気後退の局面での貿易の減少は驚くべきことはないが、驚くべきはその規模である。Freund(2009)は4つの不況期(1975年、1982年、1991年、2001年)に減少した世界GDPと貿易の平均値を計算して、貿易の縮小はGDPの減少に比べて4.8倍大きいことを発見している。今回、四半期の世界GDP成長率は2008年第4四半期と2009年第1四半期でマイナスを記録している。しかし、国際通貨基金のデータを見ると、貿易崩壊の期間(2008年第2四半期と2009年第2四半期)で世界GDPは実際には1.5パーセント上昇していた一方で、世界貿易は約15パーセント減少している。

今回の異常な貿易の落ち込みの原因を理解するために世界中の経済学者は懸命な努力を払っている。25本の論文の研究結果はVoxEUの電子本(Ebook)で「The Great Trade Collapse: Causes, Consequences, and Prospects」にまとめられて(世界貿易機関の閣僚会議の直前である)2009年11月27日に発行された。浮き彫りとなった共通理解は、貿易崩壊の主要な原因は需要ショックにあり、相互に影響し合う2つの異なった伝染経路が重要だ、ということである。

  • 第一次産品価格は世界需要に合わせて暴落して、(世界貿易の4分の1を占める食料、燃料、原材料などの)商品貿易の価格と総量は二桁の規模で減少した。

図4.第一次産品価格の暴落
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出所. World Bank (2009a)

  • リーマンショックによって消費者や企業が情勢を見守る“待ちの態度”を取った結果、製造業のサプライチェーンが倒壊した。“延期可能“なあらゆる種類の消費に対する民間需要が激減したのである。

そして製造業の貿易崩壊は“合成効果”と“シンクロ効果”によって何倍にも増幅された。

合成効果

貿易とGDPの合成要素と需要ショックが組み合わさったことで貿易の減少は極端に大きくなった。基本的な点は簡単な数値例を見ることでよりよく分かる。大まかに言うと、世界貿易の80パーセントは製造業品目によって占められ、その大部分は “延期可能”な消費品目に関連しており、例えば、消費や投資用の電子機器、輸送機器、その他の機械機器がある。一方、世界GDPは主に貿易が不可能な品目が大部分を占めており、例えばサービスがある。一例として、世界GDPのおよそ10パーセントが延期可能な財に関連した付加価値で構成されるとしよう。危機以前の状況では、GDPに対する輸出の比率は以下のようになる。

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測定可能なリスクが世界で強烈に現実化して、先行きが分かるまで待つという反応が起こった結果、延期可能な財の購入はおよそ半分に落ち込んで、貿易と生産は半減してしまった。思考実験をより明確にするために、貿易とGDPに占める“その他”は変化がなかったと仮定しよう。危機以後の状況はこのようになる。

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合成効果のみだけで世界貿易は40パーセント下落して、一方、世界GDPは5パーセントしか減少しない。(分子と分母の変化のパーセントの違いが延期可能な財のシェアの違いである。)

シンクロ効果

貿易の大崩壊を説明するのに大切な第2の明白な事実は、今回の危機で世界各国の輸出と輸入が同時に落ち込んだことである。以前の恐慌では、世界規模で状況を見守る情勢を同時的に引き起こしたリーマンショックのような出来事はなかった。また、ジャストインタイム生産システムで構成されたグローバルな物流網という特徴が挙げられる。たかだか10年前でさえ米国やヨーロッパの消費者向け売上の落込みが生産ラインに伝えられるまで数カ月を要しており、また生産ラインの供給業者に至ってはもっと多くの時間を必要とした。今ではアジアの工場はオンラインで結ばれている。米国とヨーロッパの消費者が消費を減らせば、それがほぼ一瞬にしてサプライチェーンに伝わり、そして生産と消費の縮小という反応を引き起こす。その結果、輸出入の両面における貿易の減少が世界中で同時に発生するのである。

例えば2001年の貿易崩壊を見てみると、52ヶ国の月別データで国別月別サンプルのうち39パーセントで輸出入のマイナス成長率を記録している。2008年度危機を見ると、数字は83パーセントに上り、極端に大きな差がある。この点を考えるために、単純な思考実験を行ってみよう。月別の貿易成長率がプラス5パーセントとマイナス20パーセントの二つしかなく、世界に同じサイズの国が10ヶ国あると仮定しよう。もし4ヶ国のみマイナス成長率を記録するなら世界の成長率はマイナス5パーセントとなる。もし8ヶ国がマイナス成長率を経験するならば、世界貿易の成長率はマイナス15パーセントになるであろう。

(執筆時点で)これから刊行されるVoxEUの電子本(Ebook)で経済学者がそれぞれのチャプターで説明するように、その他数多くの要因が関連しており、(貿易信用の不足や銀行融資からもっと一般的な保護政策といった)供給側の原因から始まり、貿易財の品質の変化まで貿易崩壊の説明に関係する。

将来の展望

需要が突然、世界全体で同時に、そして大規模に減少したことを主な原因として貿易の大崩壊が引き起こされたとするならば、需要の回復によって貿易が復活するのは明確である。実際に貿易額はかなり驚くべきスピードで急回復し始めている。このV字復活には目を見張る一方で、予測できなかったことでもない。実際に図5から分かるように、戦後に起こった貿易の崩壊すべてで貿易量は急激に回復している。チャート図には三つの主要な貿易崩壊の過程を強調して表示してある。1981年と2001年の危機では、貿易額がどん底を過ぎてから危機以前の水準に回復するまでおよそ半年から9ヶ月間かかり、1975年危機では1年間経過していた。

図5.歴史的な貿易の崩壊と回復
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出所.OECD real monthly trade dataに基づく著者による計算結果

これらの歴史的な調整過程の平均値を使って、これからの世界貿易の今後数四半期に渡る将来的推移を予想することができる。月別データが示すようにもし2009年第2四半期が底であるとしたら、世界貿易は2010年第1または第2四半期までに2008年第2四半期の水準に戻るはずである。問題はここにある。過去の危機で起こったようにもし輸出と輸入が急速に回復するならば、世界経済の不均衡是正は同様には進まなくなってしまうであろう。この点をもっと詳しく見るため、戦後に起こった過去3回の危機の貿易崩壊の予測値を使って、世界の主要な貿易国の輸出入のこれからの推移をシミュレーションしてみよう。図6にいくつかの大国のシミュレーション結果を示している。

図6. 輸出入額の回復のシミュレーション結果
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出所.WTO quarterly trade dataと図5に基づく著者による計算結果

図6の結果から推測される貿易不均衡をさらにシミュレーションした結果を図7に示した。これらは、主要な貿易赤字と黒字国における大規模な構造調整や為替レートの調整が起こらないとして、全体的な貿易が回復した時に、貿易不均衡の推移がどのようになるかシミュレーションしている。結果は単純な直観的理解と一致しており、大きな構造調整を伴わない世界的不均衡の是正は一時的なものに過ぎないことを示唆している。

こうした点は恒等式を使うことでよりはっきりと示すことができる。貿易収支は輸出から輸入を引いて定義される。理論的に言うと、もし輸出と輸入がともに15パーセント減少したならば、すべての国の貿易収支が15パーセント改善して0に近づく。もしくは経済学的に表現すると、X(1-g) - M(1-g) → NX(1-g)となる。

図7. 崩壊した貿易の回復から予測される世界不均衡のシミュレーション結果
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出所.WTO quarterly trade dataと図5に基づく著者による計算結果

結び

世界経済の不均衡は問題なのか?不均衡が継続することで世界経済は再び世界同時不況に見舞われるのか?こうした質問に対してマクロ経済学者はまだ共通した見解を持つまでに至っていない。国際通貨基金と世界銀行は、中国や米国を始めとする世界の主要貿易国の不均衡が回復すると予測することで、重大な問題を遠ざけている。

このコラムでは、こうした不均衡の改善の予測はほぼ確実に正しくないことを指摘している。2008年第3四半期と2009年第1四半期の間に貿易が急速に落ち込んだことで多くの国の貿易収支が改善した。もし輸出入とも急激に減少したら輸出入のギャップが同じように急速に縮小するわけで、当然の結果であると言える。同じように計算上は、この夏に始まったように思える貿易額の回復によって、米国、ドイツ、中国、そしてその他の国々は以前の輸出入ギャップの不均衡状態に必ず戻るであろう。

注釈:このコラムは著者の見解を表わすもので所属機関の公式見解とは異なる。

参考文献
Calvo, Guillermo (2009), “Reserve accumulation and easy money helped to cause the subprime crisis: A conjecture in search of a theory,” VoxEU.org, 27 October.
Eichengreen, Barry and Kevin O'Rourke (2009), “A Tale of Two Depressions,” VoxEU.org, 6 April.
Freund, Caroline (2009), “Demystifying the trade collapse”, VoxEU.org, 3 July.
IMF (2009), World Economic Outlook, Table A10. Summary of Balances on Current Account, October.
Paulson, Henry (2008), “Remarks by Secretary Henry M. Paulson, Jr. on Financial Rescue Package and Economic Update,” Speech HP-1265, 12 November.
World Bank (2009a), “Global Economic Prospects 2009”.
World Bank (2009b), “Transforming the Rebound into Recovery” East Asia and Pacific Update November.

本コラムの原文

翻訳:COE研究員、田中清泰