債務と経済成長 再考
Carmen M. Reinhart (University of Maryland)
Kenneth Rogoff (Harvard University)
先進国経済が重大な局面に入るにつれ、更なる財政出動を促す経済学者がいる一方で、債務残高の上昇は経済成長を妨げるとの指摘もある。本稿ではカルメン・ラインハート氏とケネス・ロゴフ氏による、44カ国、200年以上の期間に及ぶデータに基づく研究結果を、とりわけ高水準の債務残高を記録したエピソードに焦点を当てつつ紹介する。
経済危機の発生以来、経済学は、実世界との関係をほとんど持たない抽象的なモデルに固執してきたと批判されている。我々が論文“Growth in a Time of Debt”の中で意図したのは、データ集約的な分析により、債務、経済成長、インフレーションの同時的な関係に関する、選択的な事例証拠を遥かに超えた定型化された事実を、このような時代において提供することである―現在、世界でもっとも豊かな国々の公的債務残高は、平時に限れば1930年代の大恐慌以来見られなかったほどの急激な増加を記録しており、実際これは平時においては決して見られなかった水準なのである。Paul Krugman (2009)が述べたように、経済学者は財政の実態をマクロ経済学に組み入れるよう最善を尽くすべきである。さらに付言すれば、実態が定説と乖離しているときこそ、このような分野が必要とされるのである。
債務に関して先進国が選択を迫られているとの見解は、今日至るところに見られる。提言にも事欠かない。例えば、本年7月以降VoxEUに発表されたCalvo (2010), Corsetti (2010), およびGiavazzi (2010)のコラムを見て欲しい。
我々は最近の論文で、異なる政府債務・対外債務残高の水準のもとでの経済成長とインフレーションについて調査した(Reinhart and Rogoff 2010a)。我々の実証戦略と研究結果に対する議論は、幾分誤解を受けている。そこで本稿では、とりわけ、サンプルの範囲(我々の実証分析は、200年以上、米国だけでなく44カ国に及ぶ)、債務と経済成長の因果関係(我々の論文では、それが双方向性を持つことを強調している)、債務と成長の関係の非線形性、歴然とデータに存在する閾値、といった問題について明確にしたい。これらは根本的な点であるが、見過ごしていると思われる論評もあるからだ。
本稿では我々の研究成果を明らかにするだけでなく、高水準の債務残高(対GDP比90%以上)の事例についてより深く議論することで、オリジナルの分析を補強したい。最後に、分析の政策的含意について、米国経済に対するものも含めて取り上げる。
まず、Reinhart and Rogoff (2010a)の主要な結果を紹介しよう。
基本的な分析と主な結果
我々の分析はおよそ200年、44カ国について新たに収集されたデータに基づいている。このデータは3,700の年次観測値を含み、政治システム、制度、為替制度、歴史的状況等、幅広くカバーしている。主な結果は以下の通りである。
図1では、44カ国のサンプルの中から先進20カ国を選び、分析の主な結果をまとめている。ここで先進国に対象を絞るのは、多くの論争の焦点となっているからである2。
この図において、年次の観測値は、1946年から2009年までの期間、および債務残高の対GDP比率により以下のような4つのカテゴリーに分類される。
縦棒は、4つの債務残高のカテゴリーについて、それぞれのGDP成長率の平均値と中央値を示している。年次の観測値1,180のうち、債務残高の対GDP比率が90%以上のものは96あり(近年におけるこの区分の観測値には、ベルギー、ギリシャ、イタリア、日本が含まれる)、各カテゴリーの観測値は十分に多い。
この図から、公的債務残高の対GDP比率が90%の閾値を超えるまでは、債務と成長率に明確な関係がないことがわかる。債務の対GDP比率が90%以上になると成長率の中央値は、債務負担が低水準のグループ比べておよそ1%低下し、平均成長率はほぼ4%低下する(この図は、債務のラグを用いて分析しても大きく変化しない)。図1の実線は、異なる債務残高のグループについてインフレ率の中央値をプロットしたものである。これより、インフレ率の上昇と債務残高には明確なる同時的な関係がないことは明らかである。
図1. 政府債務、経済成長率、インフレ率:20の先進国、1946-2009年
注:中央政府の債務は国内・対外公的債務を含む。この分析で選んだ20の先進国は、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、日本、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、英国、米国である。4つのカテゴリーの観測数:債務残高の対GDP比率30%未満は443、30%以上60%未満は442、60%以上90%未満は199、90%以上は96、合計1,180である。
出所:Reinhart and Rogoff (2010a)
サンプルに含まれる高水準債務残高の事例
とりわけ興味深いのは、債務残高が歴史的に高い事例である。特定の国、あるいはひとつの国のひとつの事例(データをたやすく入手できる第二次世界大戦前後の米国、または日本のように進行中の興味深い事例)だけに焦点を当てるのは容易だが、実証的な規則性は複数の観測値から推し量るべきである。
データは44カ国を対象とし、その多くは1800年代まで(あるいは少なくとも19世紀初頭まで)遡ることができるので、我々の分析は、第二次世界大戦後の債務残高が高水準(90%以上)であったすべての事例に基づいている。また大戦前のサンプルは、データ入手が可能な限りすべてカバーしている。表1(Reinhart and Rogoff 2010aより引用)は、先進国の分析対象と様々な債務残高の基本統計量を示している4。
第二次世界大戦後、米国の債務残高の水準が大変高くなったことは周知の通りであるが、オーストラリア、カナダ、英国も同様で、特に英国では1948年に公的債務残高の対GDP比率が240%近くに達した。これらの事例は、第二次世界大戦後の平時において高水準の債務をかかえた以下の事例と共にサンプルに含まれる。
表1が示す通り、数カ国は債務残高の対GDP比率が90%を超えたことがなく、後述するように、90%以上という事例は非常に少ない。
表1. 政府債務残高に対する実質GDP成長率の推移、20の先進国、1790-2009年
注:n.a.はその債務の範囲において観測値の記録がないことを示す。欠損データ(多くは第二次世界大戦中)が存在する。詳細はReinhart and Rogoff (2009)のデータ付録で提示されており、著者から入手可能である。債務の範囲における実質GDP成長率の最小値と最大値は太字斜体で表示している。
出所:International Monetary Fund, World Economic Outlook, OECD, World Bank, Global Development Finance. その他の出所についてはReinhart and Rogoff (2009)に挙げている。
債務の閾値と非線形性:債務残高の対GDP比90%ベンチマーク
閾値と非線形性は、債務と成長の関係を理解する上で大変重要である。
(i) 閾値
データ分析に従事してきた専門家は、「高水準の債務残高」あるいは「過大評価された為替レート」といった漠然とした概念を、作業を行う上での定義へと変換するに当たって、どこに線引きをするかという判断が恣意的にならざるを得ないことをご承知だと思う。しかし、事実を説明し、考察を公表するために、これ以上の方法は他にない。債務に関して、我々はデータを4区分、0-30%、30-60%、60-90%、90%以上に分けて分析した。債務残高の対GDP比90%以上の区分が成長率に与える影響を見極めるうえで特に重要なことが判明したので、ここではそれを選んで議論したい。
図2は、(表1の国別の統計を補完するための)戦後における先進国の公的債務残高の対GDP比率に関する度数分布図とプールした記述統計である5。公的債務残高の対GDP比率の中央値は36.4%であり、90%という閾値未満の観測値が約9割を占める。実際、およそ7割強の観測値において、公的債務残高の対GDP比率はマーストリヒト基準の60%より低い。
換言すると、低い成長率に陥る可能性の高い領域(90%ラインの右側の曲線の領域)は、サンプルのわずか8%にすぎない。この領域では第一種過誤と第二種過誤に関する一般的な考察が当てはまる6。もし、上の区分を90%よりもっと高くすると、高水準債務一般に関する分析を事例研究(たとえば1946-1950年の英国、最近の日本)に変えてしまうことになる。
観測値のわずかに約2%は、債務残高の対GDP比率が120%以上であり、前述した事例を含んでいる。もし、90%以上の債務レベルが指摘されているように大きな問題ではないとしたら、長い歴史の中でそのような事例はもっと頻繁に発生しただろう。2009年に出版された我々の著書の主要なテーマとして強調したように、確かに実証分析からは、政治家が高水準の債務を累積することに慎重であったとはあまり思われない。それとは反対に、彼らはたぶんそのようなリスクが表面化するには大変多くの時間がかかるという事実を盲目的に頼り、あまりにも頻繁に債務残高を増大させるという過度のリスクをとってきたのである。もし、債務残高の対GDP比率が90%を上回ることがたいした問題でないのであれば、政治家は何代にもわたり、ことわざにある「道に落ちているお金」を見過ごしてきたに違いない。
自動車の衝突事故が時速54マイルでは起こりそうもなく、時速56マイルでほぼ確実に起こるわけではないのと同様に、経済成長率は、債務残高の対GDP比率89%のとき標準で、91%のとき標準より(およそ1%)低いと主張するつもりはない。しかし、「低成長に陥りやすい領域」という理論的概念が悪い結果に至るまでを提示するためには、米国の交通標識が時速55マイルと特定しているように、閾値を定義することが必要である(この方法論については、Kaminsky and Reinhart 1999で議論している)。
図2. 債務残高の対GDP比率90%閾値:1946-2009年、先進国の確率密度関数
注:先進国のサンプルはIMFの分類指標と同様(スイス、アイスランドを加えている):オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイスランド、アイルランド、イタリア、日本、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、英国、米国
出所:Reinhart and Rogoff (2009 and 2010a)
(ii) 非線形性
我々は論文の中で、分析結果を以下のように要約している。
政府債務残高の対GDP比率が90%未満の場合、政府債務残高と実質GDP成長率の関係は弱い。比率が90%を超えると、成長率の中央値は1%低下し、平均成長率はさらに低下する。Reinhart and Rogoff (2010a)
図1を再度使って、債務残高と経済成長の関係が非線形であることを説明しよう。端的に言うと、我々のサンプルに含まれる92%の観測値(すなわち債務残高の対GDP比率が90%未満の場合)については、債務残高と成長率のシステマティックな関係はない。(Bruno and Easterly 1998も同様の結果を得ている)。したがって、もし債務残高の対GDP比率と成長率に関して全観測値の単純な散布図を作成すると、データの傾向を読み取りにくくなるだろう。そこで我々は米国の事例で一般的な見解を述べたい。ワーキングペーパー(Reinhart and Rogoff, 2010a)で示したように、1790年から2009年までの期間、全観測値216のうち、債務残高の対GDP比率が90%未満のものは211ある(すなわち全体の98%)7。(Iron and Bivens 2010の研究でも提示されているように)米国のデータの散布図がシステマティックなパターンを表せないのは明らかだ。実際、この例は、債務残高の対GDP比率が90%未満の場合債務残高と経済成長の間にシステマティックな関係はないという、我々の主要な分析結果のひとつを提示している。
債務と経済成長の因果関係
前述の通り、我々は債務残高と成長率およびインフレ率の平均値と中央値との同時的な関係を調査している。我々の分析では、時間的因果関係の検証を行っていない。先に述べたように、債務残高と経済成長の関係が非線形であるため、時間的先行性を明確にするための多くの標準的手法を応用することが困難となるからである。
しかし、因果関係をどのようにとらえるべきだろうか。債務残高が中・低水準にある場合、因果関係は一方向かもしれないし、双方向かもしれない。この点はすぐれて実証的な問題であり、研究に値するものと言えるだろう。債務残高が高水準にある場合には、双方向の因果関係の存在が示唆される。
経済成長から債務への因果
金融危機直後の我々の分析(Reinhart and Rogoff, 2008)では、1800年から2008年までの期間、先進国および新興国に関し、金融危機によって引き起こされた景気後退の財政上の影響(歳入、財政赤字、債務、ソブリン格付け)について納得できる根拠を挙げている。(図3を参照)以下に要約する。
金融危機は、常に政府の歳入を減少させ、財政状況を悪化させる。危機の3年後には、中央政府の債務残高は約86%増加している。金融危機の財政負担は金融機関の救済費用以上に膨らんでいる。Reinhart and Rogoff (2008)8
金融危機に端を発しているか否かに係わりなく、深刻な景気後退がほとんどの場合において、同時にあるいはラグを伴って債務残高の対GDP比率を上昇させることには疑う余地がない。勿論、これは景気調整財政赤字に関する膨大な研究がまさしく指摘している点である。
図3. 金融危機以降3年間の公的債務の累増
出所:Reinhart and Rogoff (2008)
債務から経済成長への因果
しかしながら、経済成長から債務残高へという一方的な因果関係のパターンは、実証的に支持されない。公的債務の急速な増大は、債務危機の発生確率の高まりを伴っているのである9。この時間的パターンはReinhart and Rogoff (2010b)や、またそこで引用している国別の調査において分析がなされている。現在の状況では、ギリシャや他の欧州諸国における混乱についてざっと読んだだけでも、高水準の政府債務(あるいは潜在的な政府保証債務)がカントリーリスクや経済状況に負の影響を与えることがよくわかる。基本的に、政府が債務を返済すると期待される限りにおいては、高水準の公的債務負担は、将来における増税や(インフレもまた税金である)、政府支出削減を意味するからである。
高水準の債務残高が経済成長にほとんど影響を与えない、という実証結果は見受けられない。Kumar and Woo (2010)はクロスカントリー分析によって、成長方程式における他の標準的な決定要因を制御しても、債務水準(の上昇)はその後の経済成長に負の影響をもたらすことを指摘している。新興国についても、1980年代の過剰債務に関する研究は、古くからこのテーマを扱っている。
分析の政策的含意と米国の政策
米国並びに他の先進国の依然として高い失業率を見るだけで、今後10年先の経済成長の見通しについてよく理解することがいかに重要かがよくわかる。我々は、およそ200年に及ぶ様々な国のサンプルで、高水準の債務は経済成長を阻害することを示唆する実証結果を示してきた。だが、米国は、債務支払い能力を問われることなく、他の国より高水準の債務に耐えることができると主張するむきもある。たぶんそうだろう10 (Reinhart and Reinhart 2007参照)。我々は以前の研究で、国の信用履歴が、政府債務危機に見舞われずに維持できる債務水準を決定するのに大きな役割を果たすことを示した。しかし、さらに重要な点、つまり高水準の債務が経済成長に与える影響が、米国と他の先進国で異なることを示唆する実証結果はまだ得られていない。それは、今後の研究課題だ。
図4は、1916年から2010年第1四半期までの米国信用市場の負債残高の合計(政府および民間)をプロットしている。この図を見ると前述した点は明らかだ11。民間金融部門が負債圧縮を相当進めたにもかかわらず、総債務残高は史上最高を記録した2008年の水準付近に留まっている。2010年第1四半期における公的総債務は対GDP比117%である。それより債務水準が高かったのは、119%であった1945年のわずか一年だけである。米国の上昇する債務水準は、おそらく今後数十年の間、経済成長の足かせとはならないだろう。しかし、歴史から学ぶとすれば、それは危険な主張であり、アメリカ例外主義を過信することは、“This Time is Different”(今回は違う)シンドロームのもうひとつの例となるだけかもしれない12。
先進国に限らず多くの国にとって、今日の債務残高に関する懸念を忘れようとすることは、elephant in the roomという諺にあるように、重要かつ明白な問題に気付いていながら、議論しないで無視してしまうことに等しい。
図4. 信用市場の負債残高(政府および民間)、米国、1916-2010年第1四半期
出所:Historical Statistics of the US, Flow of Funds, Board of Governors of the Federal Reserve, International Monetary Fund, World Economic Outlook
参考文献
Bruno, Michael and William Easterly (1998), “Inflation Crises and Long-Run Growth,” Journal of Monetary Economics, 41(1), February, 3-26.
Kaminsky, Graciela, and Carmen M Reinhart (1999), “The Twin Crisis: The Causes of Banking and Balance of Payments Problems”, American Economic Review, 89(3), 473-500, June.
Kumar, Mohan, and Jaejoon Woo (2010), “Public Debt and Growth”, IMF Working Paper WP/10/174, July.
Iron, John S and Josh Bivens (2010), “Government Debt and Economic Growth”, Economic Policy Institute Briefing Paper 271, July.
Krugman, Paul (1979), “A Model of Balance of Payments Crisis”, Journal of Money Credit and Banking, 11(3), August, 311-325.
Laeven, Luc and Fabian Valencia (2010), “Resolution of Banking Crises: The Good, the Bad, and the Ugly”, IMF Working Paper, 10/46, June.
Reinhart, Carmen M. and Vincent R. Reinhart (2008), “Is the U.S. Too Big to Fail?” VoxEU, May 2010.
Reinhart, Carmen M and Kenneth S Rogoff (2009), This Time is Different: Eight Centuries of Financial Folly. Princeton University Press.
Reinhart, Carmen M and Kenneth S Rogoff (2010a), “Growth in a Time of Debt” American Economic Review, May. (Revised from NBER working paper 15639, January 2010.)
Reinhart, Carmen M and Kenneth S Rogoff (2010b), “From Financial Crash to Debt Crisis”, NBER Working Paper 15795, March. Forthcoming in American Economic Review.
Reinhart, Carmen M and Vincent Reinhart (2007), “Is the US too big to fail?”, VoxEU.org, 17 November.
Reinhart, Carmen M, Miguel A Savastano, and Kenneth S Rogoff (2003), "Debt Intolerance", in William Brainard and George Perry (eds.), Brookings Papers on Economic Activity. (An earlier version appeared as NBER Working Paper 9908, August 2003.)
Calvo, Guillermo (2010), “To spend or not to spend: Is that the main question”, VoxEU.org, 4 August.
Corsetti, Giancarlo (2010), “Fiscal consolidation as a policy strategy to exit the global crisis”, VoxEU.org, 7 July.
Giavazzi, Francesco (2010), “The “stimulus debate” and the golden rule of mountain climbing”, VoxEU.org, 22 July 2010.
脚注
翻訳:COEフェロー、内野泰助・村尾徹士