グリーン経済成長とは?
ヨーロッパにおけるエネルギー税効果の実証結果
Seán Lyons (Economic and Social Research Institute)
Richard S J Tol (ESRI and Vrije Universiteit Amsterdam)
世界のいたる所で政治家は、“グリーン経済成長(Green Growth)”は雇用を生み出し技術革新を促進する、と好んで主張している。このコラムでは、1996-2007年の期間におけるヨーロッパ企業1,110万社のデータを用いて、エネルギー税がビジネスに与える影響を検証している。結果は分析指標および産業により異なるが、汚い煙をもくもく排出する環境負荷の高い成長は、企業の労働者や顧客にとって有利であると言える。
世界のあちらこちらで政治家は、気候変動政策によって雇用が生まれ技術革新が促進される、と好んで主張している。こうしたメッセージは、根拠をまったくもって欠いているにもかかわらず、気候変動政策によってエネルギー価格が上昇して経済成長が停滞するという学問的研究の一般的な結果よりも、広く受け入れられている(Clarke et al., 2009)。
気候変動政策のインパクトに関するほとんどの研究は、温室効果ガスの排出削減が過去に達成されたというよりも、いまなお将来に予定されているという単純な理由で、事前的な性格をもつ。実際のデータに適合するように経済モデルが推定されているが、もちろんこれは現実を定式化して説明するという必要性のためである。
最近の研究論文で(Commins et al., 2011)、著者達はエネルギー税が企業行動に与える影響を実証した。この研究では、多様な業種における上場ヨーロッパ企業を対象とした企業レベルのパネルデータであるAMADEUSを用いた。このデータには、1996-2007年の期間におけるおよそ1,100万社の企業の財務諸表や経済活動に関する情報が含まれている。
エネルギー税は費用効果の高い気候変動政策に似ている。代替的なエネルギー原料の相対的な価格は、炭素価格設定の場合にははっきりとした形で変化するのに対して、エネルギー税の場合は変化がはっきりしない点が主要な違いである。また、世界のエネルギー市場に対する価格ショックとは異なり、エネルギー税と炭素価格設定は国内経済において歳入を増やす。
以下で4つの仮説を検証していく。
全部で4つのモデルを推定した。雇用のモデルでは、エネルギー価格の上昇に伴い、企業は労働集約的な活動を高めるため、エネルギーと資本が強い補完的関係にあるのかを検証した(Koetse et al., 2008)。一方、企業はより価格の低い国へ活動を移転するのかもしれない(Eskeland and Harrison, 2003)。
第2のモデルでは、技術革新の指標として全要素生産性(Total Factor Productivity, TFP)の変化を見た。ポーターの仮説によれば、規制によって生まれた困難な状況、つまり初期の後退、から脱するために、企業は技術革新を進める必要性に迫られる(Porter and van der Linde, 1995)。より慣例的に言えば、規制によって企業のパフォーマンスと生産フロンティアの間にくさびが打ち込まれる。
第3のモデルには、投下資本に対する利益を利潤率の指標として加えた。税金がビジネス活動に対する追加的な費用であると仮定した場合、エネルギー税は利潤を減らすと予測できる。
最後の仮説として、企業が労働の代わりに資本を使い、他の地域へ立地移転することで、エネルギー税が投資を減らすのかを検証した。しかし一方で、ポーターの仮説では、生産性を高めるために新技術への投資が高まる、とも言われている。
パネルデータを使って年次別、企業別の観察不可能な相違性を制御しており、税額で定義されたエネルギー税と一期前の税額に対して、産業と税の相互作用効果も考慮した。また、一次階差をとることで自己相関と非定常性を、そして、観察不可能な企業別の相違性を制御した上で、さらにその他に数多くの説明変数も加えた。
図1はエネルギー税が雇用に与える産業別の効果を示しており、産業間の違いが大きいことが分かる。ほとんどの産業において効果は統計的に有意であった。特定の産業ではプラスの効果を持ち、特にアパレル産業、繊維産業、そして天然資源産業で効果が著しい。理由として、エネルギーの代わりに一般的に低熟練の労働者がこれらの産業で活用されていることが考えられる。航空輸送業では強いマイナスの相関が見られるが、このサンプル期間はディスカウント航空の増加と一致しているため、それが雇用に対してマイナスに働いており、エネルギー税の実際の効果を示していないかもしれない。その他の産業ではより弱いマイナスの効果が見られ、機械産業と建設産業は、航空輸送業に次いでその効果が大きい。これらの産業では、より高いエネルギー費用は全体的な縮小を意味している。雇用にとって平均的な効果はマイナスで統計的に有意である。全体として、エネルギー税の増加によって雇用は減少すると言える。
図1. エネルギー税の1%増加が雇用に与える産業別の効果
図2はTFP成長率に与える影響を産業別に示しており、産業別の差が大きいことが分かる。天然資源、製造業、電力発電、パルプ・紙、メディアといった産業すべてでプラスの効果であり、これらの産業はすべてエネルギー集約的である。すなわち、より高いエネルギー費用が企業の技術革新を推し進めたことを意味している。ただ一方で、エネルギー税は投入財価格の変動を抑えて市場参入の障壁を上げるため、これらの要因がここで測定しているTFPを増加させているかもしれない。化学、繊維、アパレル、皮革、採石といった産業では、TFPとエネルギー税の間に負の相関が見られる。ヨーロッパでこれらの産業は衰退しており、より高いエネルギー税がさらにその衰退を早めていると考えられる。税の変化がTFPの成長に与える平均的な効果はプラスであり、全体的により高いエネルギー税によってヨーロッパのTFP成長率は高まっている。
図2. エネルギー税の1%増加が全要素生産性に与える産業別の効果
図3は投下資本の利益に対するインパクトを産業別に示している。ほとんどの産業でインパクトはプラスであり、特にタバコ産業と航空輸送業で顕著である。ちなみに、航空輸送はエネルギー税から免除されている。より高いエネルギー税はエネルギーに対する需要の減少につながり、結果的に灯油の価格が下がっている。また、より高いエネルギー税は道路・鉄道輸送に対する航空輸送の相対的な価格を下げている。ただ、このサンプル期間に航空産業ではリストラが行われており、この効果の一部にはその影響が反映されていると考えられる。水上輸送、木材製品、採石、精製といった産業では統計的有意にマイナスの効果が見られる。より高いエネルギー費用によって、こうした産業の企業は大変厳しい状況に追い込まれていると言える。しかしながら、その他の企業では、より高い費用を顧客に移転して、向上した生産性の恩恵を受けることでプラスの効果が生まれている。平均的な効果はプラスで、全体的に見て、より高いエネルギー税はヨーロッパにおける企業の利潤率を高めている。
図3. エネルギー税の1%増加が投下資本に与える産業別の効果
図4は企業の投資に対するインパクトを表示している。タバコ産業は上記の分析と同様に目立っているが、エネルギー税以外の理由でもこの産業は衰退していて、もしかしたら、喫煙をもっとも減らした国においてエネルギー税が早く上げられたのかもしれない。繊維産業とプラスチック産業においてマイナスのインパクトが見られるのは、これらの産業では労働の代わりにエネルギーと資本が使われているためである。対照的に、金属鉱業、資源ガス抽出、一次金属、精製、そして水上輸送といった産業では大きなプラスの効果である。より高いエネルギー税で投資が促進されており、エネルギー節約的な設備の投資が増えていると考えられる。平均的な効果はプラスであり、全体的に見て、より高いエネルギー税はヨーロッパにおいて投資を加速させている。
図4. エネルギー税の1%増加が投資に与える産業別の効果
研究では、上記に観察されたエネルギー税効果の産業別の傾向は、エネルギー集約度や技術集約度といったより広範囲の産業別属性によって生じているのかを検証した。一方、これらの分類に沿って産業を分けても税の効果とは明確な関係が観察されなかった。エネルギー税が雇用、TFP成長率、利益率、そして投資に与える影響は、同じようなエネルギー・技術集約度の産業内においても違いが見られた。
結論として以下の結果が明らかとなった。
全体的に言うと、政治家の「グリーンな経済成長」という指針に対しては、結果は産業によって異なる、というだけの根拠しか与えていない。エネルギー税は労働よりも資本に対して有利であり、技術革新を加速させるが、経済成長を加速させるようなタイプの技術革新ではないかもしれない。
参考文献
Clarke, L, J Edmonds, V Krey, R Richels, S Rose, and M Tavoni (2009), “International climate policy architectures: Overview of the EMF 22 international scenarios”, Energy Economics, 31(S2): S64-S81.
Commins, N, S Lyons, M Schiffbauer, and RSJ Tol (2011), “Climate policy and corporate behavior”, Energy Journal, 32(4): 51-68.
Eskeland, GS and AE Harrison (2003), “Moving to greener pastures? Multinationals and the pollution haven hypothesis”, Journal of Development Economics, 70(1): 1-23.
Koetse, MJ, HLF de Groot, and RJGM Florax (2008), “Capital-energy substitution and shifts in factor demand: A meta-analysis”, Energy Economics, 30(5): 2236-2251.
Porter, ME and C van der Linde (1995), “Towards a New Conception of the Environment-Competitiveness Relationship”, Journal of Economic Perspectives, 9(4): 97-118.
翻訳:COE特別研究員 田中清泰