Hi-Stat Vox No.25(2013年1月17日)

学校週休二日制の完全実施は階層間学力格差を拡大させた

川口大司(一橋大学大学院経済学研究科准教授)

Photo: KAWAGUCHI, Daiji

義務教育の大きな目標の一つは子供の家庭環境によらず,等しい教育機会をすべての子供たちに与えることである。そのため,多くの先進国で義務教育は無償であり,日本においては教科書も無償で配布されている。親の学歴が高くなると,子供の学力が高くなり,高い学歴を達成することが多くの国で観察されており,所得格差の世代間連鎖を生み出す最も大きな原因となっている。そのため,義務教育の年数を延長すれば,主に親の学歴が低い子供の教育年数が底上げされて親子の学歴達成の相関は弱まることが予想される。その予想通り,義務教育年数の延長が親と子の教育達成の相関を弱めたことがスウェーデンやノルウェーのデータを用いた実証分析で報告されている。これらの研究は義務教育の年数の延長が親子の学歴達成の相関を緩めたことを報告しているが,義務教育の総量は義務教育の年数だけではなく,1年間の間にどれくらい授業が行われるかにも依存している。国家が義務教育の年数だけでなく授業日数や授業時間数をも決めていることを考えると,授業日数の多寡が学歴達成の世代間連鎖にどの程度の影響を与えたかを知ることは重要であるが,その点を直接検証した論文は存在しないようである。間接的な検証としては,夏休み明けにテストの成績の散らばりが増えることが知られており,これは一部の生徒は夏休みにも勉強を続ける一方で,一部の生徒は夏休みに勉強をしないという家庭環境の異質性を夏休み明けは反映しやすいからだと考えられている。最近,一橋大学グローバルCOE Hi-Statディスカッションペーパーとして公開されたKawaguchi (2013)は日本の公立小中学校で2002年より週休二日制が導入され授業日数が減ったことが世代間格差の連鎖にどのような影響を与えたかを調べた。以下ではその概要を紹介しよう。

義務教育である日本の小中学校では1992年夏まで土曜日の午前中に授業が行われていた。これは多くの雇用労働者が1990年代に入るまでは土曜日も昼まで働いていたのにほぼ対応している。しかし,1988年の労働基準法の改正によって週当たり法定労働時間が48時間から40時間になったことを受けて,多くの雇用労働者は1990年代半ばまでには週休2日になった。そのため,教員も週休2日にという目的と子供が土曜日に親と過ごせるようにという目的を達成するために,学校にも週休2日制を導入するべきだという要求があり,学校週休二日制が段階的に導入されることとなった。まず1992年9月より毎月第2土曜日が公立小学校・中学校の休日になった。次いで1995年4月からは第2・第4土曜日が加えられ,最終的に2002年4月からすべての土曜日が休みになった。

Kawaguchi (2013)は2002年に第1・第3(そして,第5)土曜日が学校の休日として追加されたことが生徒の勉強時間と成績にどのような影響を与えたか,そしてその変化が親の学歴で代理される社会階層によってどのように異なっていたかを検証した。まず勉強時間の変化については大規模な時間利用に関する調査である総務省『社会生活基本調査』のマイクロデータを用いて,中学3年生の時間利用の変化を調べた。この調査は5年に一度,10歳以上の約20万人を対象に行われている調査で,10月の第2土曜日から第3土曜日の9日間のうち,指定された連続する2日間の時間利用を聞くものである。回答者は2日間の15分ごとに何をしていたかを「学業」・「睡眠」など20種類の選択肢から選ぶことで回答する。このうち「学業」,「通勤・通学」,「学習・研究(学業以外)」の合計時間を勉強時間として扱った。

図1は中学3年生の一日当たりの平均勉強時間を曜日別・世帯主の学歴別に報告したものである。

図1 中学3年生の一日当たり勉強時間(分)
Figure1

標本期間内で最初から休みであった第2土曜日に加えて第3土曜日が休みになった2002年を挟む2001年と2006年を比較すると,土曜日の勉強時間は世帯主の学歴にかかわらず短くなっている。しかしその減り幅は世帯主が中卒の場合153分であるのに対して世帯主が大卒の場合は106分にとどまっている。また,同じ期間に平日の勉強時間は伸びているが,世帯主が中卒の場合は8分の伸びであるのに対して世帯主が大卒の場合,伸びは17分である。また,日曜日の勉強時間は世帯主が中卒の場合,8分間減っているにもかかわらず,世帯主が大卒の場合10分増えている。この曜日別の勉強時間の変化をみると,世帯主が大卒である中学校3年は土曜日の勉強時間の減少を補うように平日と日曜日の勉強時間を増やすという行動をとった一方で,世帯主が中卒である中学3年生はそのような行動をほとんどとらなかったことが見て取れる。より具体的には親が大卒という家庭環境の場合,土曜日の授業が減った分,平日の夜や週末に塾に通わせるようになったことなどが考えらえる。このような調整の結果として,平日に対しておおよそ5倍のウエイトをかけて計算した平均的な一日当たりの勉強時間の変化より分かるように,世帯主が中卒の場合,勉強時間が一日当たり29分減った一方で,世帯主が大卒の場合,7分間増えた。

これが勉強時間の不平等化の長期的な傾向を反映したものでないことは,1996年から2001年までの平均勉強時間の伸びは世帯主が中卒の場合24分であるのに対して,世帯主が大卒の場合には35分にとどまっており,ほぼ同じような勉強時間の伸びを記録していたことからもうかがい知れる。

また,中学3年生の勉強時間が親の学歴にどの程度依存しているかを回帰分析で調べると,2001年から2006年にかけての依存度の変化は統計的に有意であるものの,1996年から2001年にかけての変化は統計的に有意ではなかった。また,都道府県・年次の固定効果を入れた推定を行っても結果に本質的な変化はなかった。さらに2001年と2006年の第2・第3土曜日に焦点を当てた分析を行ったところ,子供の勉強時間の親の学歴への依存度が変化したのは追加的に休みとなった第3土曜日だけであることも明らかになった。これらの一連の結果は,学校週休二日制の導入が子供の勉強時間の親の学歴への依存度を高めたことを示している。

ちなみに一日当たり平均勉強時間の親の学歴への依存を示す回帰係数の値は2001年のもので、6.67であった。これは親の学歴が1年延びると子供の勉強時間が6.67分伸びることを意味していた。つまり親が高卒の子供に比べて、親が大卒の子供は毎日約27分長く勉強していたことがわかった。この係数が2006年には12.34にまで上昇した。これは親が高卒の子供に比べて、親が大卒の子供は毎日約49分長く勉強するようになったことを意味する。係数の値はこの5年間の間におおよそ85%増加したことになる。

それではこの親の学歴が異なる中学3年生の間で勉強時間の格差が拡大したことは学力格差にどのような影響を与えたのだろうか。この疑問に答えるために中学校2年生を対象にした数学と理科の試験であるTIMSSの1999年・2003年と高校1年生を対象にした読解力,数学と理科の試験であるProgramme for International Student Assessment (PISA)の2000年・2003年調査のマイクロデータを分析した。これらの国際調査のマイクロデータは,それぞれの実施機関のウェブページよりダウンロードできる。残念ながらTIMSS1999年とPISA2000年には親の学歴の情報が入っていないが,親の学歴と強い相関を持つ家にある本の冊数の情報が入っているため,この情報から親の学歴を推測して,子供のテストの成績と親の学歴の関係を推定した。

中学2年生の結果は,1999年の時点で親の学歴が1年延びると子供の偏差値がおおよそ0.9から1.0あがることを示した。これは親が高卒の場合と大卒の場合では平均偏差値が3.6から4.0違うことを意味している。親の学歴と子供の学力が相関することは広く知られているが,重要なのは学校週休二日制が完全実施された後の2003年には依存係数が20%から30%大きくなり,親の学歴が1年延びると偏差値が1.20前後上がることが明らかになったことである。すなわち親が高卒の場合と大卒の場合の格差が拡大し,平均偏差値が4.8異なることになった。テストの得点の分析結果だけでは学校週休二日制の完全実施が階層間格差を拡大させたということは言えないかもしれないが,前述の勉強時間格差の拡大も同時に考慮すると,その因果関係の存在は否定できないだろう。また,中学2年時点での成績差は進学する高校の質に直結し,ひいては大学進学率も規定することが考えられるため,生涯賃金の出身階層間格差を拡大させたとも考えられ,重要な問題である。

学校週休二日制の完全実施が生徒の勉強時間の階層間格差を拡大させると同時にテストの点数の階層間格差も拡大させたことを示してきた。この二つの関係を用いると,間接的に勉強時間がテストの成績に与える影響も推定できる。推定の結果は毎日1分ずつ勉強時間を増やすと偏差値が0.15前後上がるというものであった。毎日1時間ずつ勉強時間を増やせば偏差値が9上がるというわけなので,勉強時間が成績決定に大きな影響を与えていることがわかる。また,学校週休二日制の完全実施によって勉強時間を減らしたのは,親が中卒という学習環境という面ではハンディキャップを負った生徒たちであることを考えると,彼らの勉強時間を延ばすような環境整備を行えば階層間学力格差を解消することにつながることも示唆される。

学校週休二日制の完全実施やカリキュラムの希薄化など義務教育の密度の低下が平均学力を低下させたとの指摘のもと,土曜日にも補習を行うような学校が増えている。このような試みは単純に平均学力を向上させるというだけではなくて,社会階層が低い家庭環境を持つ生徒の成績を向上させる可能性が高く,生徒の出身社会階層間の成績格差を縮小させることにも貢献するであろう。

参考文献

Kawaguchi, Daiji (2013) “Fewer School Days, More Inequality,” Hitotsubashi University Global COE Hi-Stat Discussion Paper Series No. 271.