Hi-Stat Vox No.26 (2013年1月23日)

一橋大学政策フォーラム・一橋大学グローバルCOE公開討論会
「経済学は役に立つのか?」

北村行伸(一橋大学経済研究所教授)

Photo : Yukinobu Kitamura

2012年12月14日、如水会館スターホールにて、120名以上の聴衆を前に、一橋大学グローバルCOEプログラムでは「経済学は役に立つのか?」というテーマで公開討論会を開催した。主催者の問題意識は、1990年代以後相次ぐ経済危機、金融危機に対して、経済学は適切な対応が出来なかったのではないかということがある。この疑問に対しては、世界中の経済学者の間で共有されており、それに対して本討論会と同じタイトルでの討論会や意見交換が行われている。その意味では、日本の経済学界が世界から孤立したために起こった現象では決してない。

本討論会では始めに鈴村興太郎(一橋大学名誉教授・学士院会員)氏が「経済制度の設計と社会的選択」というトピックで、経済制度の選択を民主的に導くことの難しさと、それを克服するための経済学の道具立ての改善について、歴史的、哲学的、理論的な側面から解説した。さらに、具体的なミクロレベルの経済制度の設計の問題から、より広範な経済体制の選択の問題にまで議論を展開し、経済学のはたしてきた役割と今後果たすことが期待される役割について説得力のある話をした。

澤田康幸(東京大学教授)氏は「開発経済学と自然災害」ということで、開発経済学でも、自然災害などの不確実性に対する備えとして各種の保険制度が考案され、実施されていること、その背後には、科学的な実験方法を踏襲した試行があり、その上で、政策評価が行われるようになってきていることを紹介した。

川口大司(一橋大学准教授)氏は「実証経済学における因果関係の発見」というトピックで、2007年の最低賃金法改正を自然実験と捉え、最低賃金の上昇が若年者雇用にどのような影響を与えたかを調べた結果、最低賃金の上昇率の高い地域ほど10代の男女の就業率の低下が大きいことが明らかになった。最低賃金の引き上げ率は地域によって異なることから、若年者雇用に与える効果をあたかも実験したかのように分析することが可能になったことを提示し、このような地道な実証経済学の蓄積が経済学の知識を確実なものにしていくと論じた。

西沢保(一橋大学教授)氏は「経済思想史上の経済学者」ということで、戦前期に活躍した福田徳三を取り上げ、関東大震災からの復興において、福田は詳細な失業調査を行い、「復興経済の原理及若干問題」を執筆した。その中で、復興事業の第一義は人間の復興、つまり生活・営業および労働機会の復興でなければならないと述べ、住宅立法改正案や失業防止策、職業紹介事業改正案の策定に貢献したことを紹介した。また、福田の「富の増大よりも生活の質の改善」に着目する思想が、その後の経済学界に大きな影響を与えたと論じた。

伊藤秀史(一橋大学教授)氏は商学研究科・商学部での経済学教育に関して「ビジネススクール・エコノミクス」の現状と課題を解説した。伊藤氏によれば、経済学は社会学や心理学と同様に、人間の行動の選択を分析するための基礎となる学問と位置付けられる。経済学を学ぶということは、企業組織における諸問題を分析するという縦の分類とは別に、それを横串に刺すような1つの見方を学習することであると論じた。また、合理的な意思決定を行う個人の集合としての組織が必ずしもうまく機能しないとき、経済学的なアプローチを取ることによって、組織の諸問題を理解することが可能になることも明らかにした。

北村行伸(一橋大学教授)氏は現在の金融危機に際し、欧米の中央銀行は19世紀のイギリスにおける金融危機や世界大恐慌を教訓として、金融の量的緩和を行っていることを例にとり歴史の教訓について論じた。大恐慌から立ち直るための処方箋を書いたとされるウォルター・バジョットは「ロンバード街」で、中央銀行は最後の貸し手として、問題のある金融機関に無制限に貸し出すこと、しかし、それは懲罰的な高金利で行うべきことを主張した。ところが現在では懲罰的金利とはかけ離れ、ゼロ金利の世界に入ってしまった。歴史に耳を傾けるといっても、都合よく解釈している側面もあるし、全く同じ歴史の繰り返しはないということでもある。時々によって変化する条件や制約の違いを見極めながらパターンを考えることが重要だということでもある。

パネルディスカッションでは、各パネリストに対して、議論を敷衍するような質問が出され、それに対して時間のある限り応答した。概ね、経済学は地道な研究を積み重ねて、人間の生活に役立てるように研鑽を積んでいくしかないということで合意を得た。

公開討論会「経済学は役に立つのか?」報告資料
http://www.hit-u.ac.jp/kenkyu/project/forum.html