Hi-Stat Vox No.27(2013年1月30日)

次世代の生産性革命:“産業インターネット”

Marco Annunziata (General Electric Co.)

Photo: Marco Annunziata

今日の技術革命はソーシャルメディアやエンターテイメントだけに関連しており、経済成長に影響しないと広く思われている。こうした懐疑的な見方は時期尚早であることを本コラムで議論する。一部の産業をよく観察してみると、高性能の機械や分析的ソフトウェア、そして人々を連携させるネットワークである“産業インターネット”は、センサーや分析的ソフトウェアがますます活用されることにより生産性と成長に強力な影響を及ぼすであろう。

主要な先進国は低成長の見通しや厳しい財政運営に苦しんでいる。マクロ経済学の方程式からは簡単な解決策は見つからないが、ミクロレベルではイノベーションが重要な解決策になりえるかもしれない。

生産性成長は終わったのか?

米国における労働生産性の成長は1996年から2004年の間において年平均3.1パーセントまで急増しており、1995年以前の25年間における成長率に比べてほぼ倍増している。実証結果によると、情報通信技術における革命がこうした生産性の向上に大きく貢献しており、製造業もサービス業もともに便益を受けている。(例えばStiroh(2001)やBosworth and Triplett(2003, 2007)を参照。)しかしそれ以降、生産性の成長は失速してしまった。2008-2009年の深刻な不景気やその後における足取りの遅い景気回復、そして雇用の劇的な減少によって、過去数年間における生産性成長率の浮き沈みから意味のある結論を導くことが難しくなった。労働生産性の成長率は2009-2010年に急速に高まり2011年に一気に減少したが、全体的に見ると2005年以降はわずか年平均1.6パーセントである。

図1 米国の生産性の下降と回復
Figure1

懐疑論者の主張は、技術が成長を高める潜在力を失ってしまい、今日のイノベーションは主にソーシャルメディアやエンターテイメント、ゲームだけに関連しており生活水準は高めない、ということである。Robert Gordon (2012)は最近論争的な議論を展開し、近年の技術革新の波は産業革命ほど劇的な変化をもたらしていないと主張している。また、フィナンシャルタイムズの論説主幹Martin Wolfは、「今日の情報化時代は騒音と興奮に満ちているだけで、全く意味のないものだ」とコメントしている。

イノベーションの第二波

先に述べた懐疑的な考え方は時期尚早かもしれない。最近の報告書(Annunziata and Evans, 2012)で著者と共著者のPeter Evansは、情報処理能力を持つ機械や分析的ソフトウェア、そして人々を結びつけるネットワークである“産業ネットワーク”による生産性向上の潜在力を分析した。計測機器を使用するコストが減少したことで、ジェットエンジンや発電機、医療機器といった機械でセンサーを幅広く活用することが可能となり始めてきている。個々の機器や集合的機械、そしてネットワークにおけるパフォーマンスを最適化するために、膨大に生み出されるビッグデータを分析的ソフトウェアでうまく活用することができる。つまり例えば、ジェットエンジンのパフォーマンスに関してより効率的な方法を探したり、機器の故障を予知したりすることにより、事前にメンテナンスを行い、また、離陸直前に発生する問題による遅延を最小限に抑えることができる。病院における医療機器の正確な位置を把握してそれらが現在使用中かどうかわかれば、患者の受け入れや医療行為をより効率的に実施することができて、より低いコストでより多くの患者に対してより良い医療効果が期待できる。

潜在的な便益は非常に大きい。燃費が15年間にわたりたった1パーセント向上するだけで、航空産業では300億ドル、発電産業では660億ドルの経費削減ができる。同様に、ヘルスケア部門では630億ドル、鉄道部門では270億ドルの経費削減につながる。著者の研究でGeneral Electric社が強みを持つ部門に焦点を当てている理由は、著者達の得意分野であり上述の便益が実現すると考えられるからである。しかし、産業インターネットはより幅広い産業やサービス部門にも影響を及ぼす可能性がある。

産業インターネットが経済成長に与える効果

産業インターネットが普及することで、経済成長に大きなインパクトを与えるかもしれない。生産性の予測は非常に難しいが、個々の産業における生産性向上の潜在力を見ると、産業ネットワークはインタ-ネット革命の第一波と同等のインパクトを持つと考えるのはそれほど非合理的ではない。もし米国において産業インターネットが労働生産性の年間成長率を1-1.5パーセント増加させて以前のピークに戻すなら、米国の経済成長に大きな活力を与えるだろうし、その便益は米国だけに限定されることはない。実際に、近年投資が早いペースで拡大していく新興国において、新しい技術を早く活用する機会がある。世界経済において新興国は高い存在感を持つため、世界経済に対するインパクトはすぐに増幅するであろう。

転換点

産業インターネットを支える技術が完成するのはまだ時間がかかるのに、なぜ今の時点で重要なのか。その理由として、計測機器の使用コストが減少することで、センサーの幅広い活用を経済的に行えるようになる点が挙げられる。また、クラウドコンピューティングのインパクトに合わせて、より巨大なデータをより低いコストで収集して分析することができるようになる。結果としてコスト削減が進んでいき、その効果は1990年代後半に情報通信機器の急速な活用を後押ししたものに匹敵する。

モバイル革命は上述の効果を合成することで、情報共有や分散した最適化を簡単にして、経済的に普及を後押しする。産業インターネット技術はすでに加速化してきている。

効果を生む条件

産業インターネットの便益を最大限生かすために必要な条件や促進する要件がいくつかある。

  • 資本ストックに新技術を急速に取り込む投資
  • サイバーセキュリティを強化して、インターネットに大きく依存する産業構造の新しい脆弱性を管理すること
  • 高度な人材の育成を行い、機械や産業、ソフトウェアに関する工学的専門知識を統合する新しい専門家を育成すること

仕事は増えるのか?

最後の論点は特に重要である。イノベーションのどのような波でも高い生産性が単純に仕事を減らす、という懸念が生まれる。失業率が高い今の時代にあって、こうした懸念は特に敏感である。過去のように、技術的イノベーションはいくつかの仕事を不要とするが、新しい仕事も生み出す。もし、世界経済の成長に対して著者達が想定するような強いインパクトが生まれれば、全体としてきっとより多くの仕事が創出されるだろう。しかし、ますます高度化する人材需要に対して適切な人材が供給できるように教育制度を整えることが必要である。

結論

産業革命は非常に長い期間にわたって波となり展開してきた。インターネット革命も同じようなパターンを辿り、次にはもっとも力強く破壊的な波がいま届こうとしている。個々の産業部門で実現されようとしている効率性向上を見ると、産業インターネットが生産性とGDP成長に与える効果は非常に大きい。1987年にRobert Solowは、「周りを見るとコンピューターの時代がやって来ているのに、生産性の統計には来ていない。」、という有名な言葉を残しているが、その10年後に生産性成長率は急激に高まった。今日の広がる懐疑的な見方も同様に時期尚早だったと証明されるだろう。

参考文献

Annunziata, Marco and Peter C Evans (2012) “Industrial Internet: pushing the boundaries of minds and machines”, report, GE.

Bosworth, Barry and Jack Triplett (2003), “Productivity Measurement Issues in Services Industries: ‘Baumol’s Disease” Has Been Cured‘”, Federal Reserve Bank of New York, Economic Policy Review.

Bosworth, Barry and Jack Triplett (2007), “Services Productivity in the United States”, Hard-to-measure goods and services: Essays in Honor of Zvi Griliches, Chicago, University of Chicago Press.

Gordon, Robert (2012), “Is US economic growth over?”, VoxEU.org, 11 September.

Stiroh, Kevin (2001), “Information Technology and the US Productivity Revival: What Do the Industry Data Say?”, Staff Report, Federal Reserve Bank of New York, 116.

Wolf, Martin (2012), “Is the age of unlimited growth over?”, Financial Times, 3 October.

本コラムの原文

翻訳:COE特別研究員 田中清泰